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  • 2015.06.09 Tuesday
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大洋ホエールズ

初めてプロ野球を観戦したのは横浜スタジアムの大洋阪神戦だった。私は未だ幼稚園児の頃だった。野球に興味を持ち始める前だったので、観た記憶は殆ど残っていない。選手の名前や野球のルールすら丸で解らなかった頃だった。山口百恵が引退する少し前だったような記憶が何となくある程度だ。其の記憶も曖昧だ。

野球に興味を持ち始めたのは、1981年頃からだった。
この年は、セリーグが巨人、パリーグが日ハムが優勝し、後楽園対決の日本シリーズとなったのが、私にとって、プロ野球の最も古い記憶だ。
1982年頃から、よく後楽園球場へ巨人戦を観に行っていた。
家で読売新聞を取っていたおかげで度々、巨人戦の外野自由席チケットを貰う事が出来た。
偶に、親戚やら知り合いやらから内野指定席券を戴いたりしてもしていたので、巨人戦に関してはほぼタダで観戦出来たのだった。
其の後、1982年〜1990年頃の間に巨人戦を50回以上観に行ったが、私が観に行った試合は何故か一度も巨人が負けた事が無かった。巨人ファンなら万々歳の話なのだが…。
当時、私の周りは皆、巨人ファンだった。同級生の9割は巨人ファンだった。
巨人戦は全試合テレビ中継されていた。王、長嶋の時代を知らない我々の世代のヒーローは原辰徳だった。(大阪だったら掛布雅之だったかも知れない)

私は何故か大洋ファンだった。初めて球場で観戦した試合が横浜スタジアムの大洋戦だったからかも知れないが、これと云った理由は無い。大洋ホエールズは余りにも弱過ぎたのだ。1960年に1度優勝した限、優勝していなかった。これは応援せねばと思った。今思うと、大洋は応援し甲斐があった。


横浜大洋ホエールズ
↑ 横浜スタジアムへ行った時に入場者全員に配られた下敷き


万年Bクラスだったので、勝率は5割以下。2試合に1回は確実に負ける。負ければ悔しい。大洋ファンは誰よりも多く苦杯を嘗めた。負け惜しみを言うなら勝利の悦びは巨人ファンよりも遥かに大きい。
1981年は勝率3割台で最下位。82年は5位。そして、83年は、61勝61敗8分けの勝率5割で3位。念願のAクラスとなった。83年は思い出深い年だった。
遠藤一彦が最多勝、斉藤明夫が最優秀救援投手になった。
大洋の主砲は田代富雄だった。(後半はレオンが4番に上がり、田代が5番に下がったが)
この年の各チームの4番打者は魅力的だった。巨人は原、阪神は掛布、中日は谷沢、広島は山本浩二、ヤクルトは大杉、杉浦、パリーグはロッテが落合、南海が門田がこの時代だった。
原辰徳は「若大将」、掛布は「ミスタータイガース」、山本浩二は「ミスター赤ヘル」と云った具合に、カッコイイニックネームを持っていたが、大洋の主砲・田代富雄のニックネームは「オバQ」だった。この時代は最も熱心に野球を観ていたので記憶に残っている。

83年に念願のAクラス入りを果たしたが、84年には最下位、勝率は3割台へと成り下がってしまった。85年4位、86年4位、87年5位、88年4位、89年最下位。長いBクラスロードを歩んでいた。
チームは低迷していたが、85年86年頃の1番高木豊、2番加藤博一、3番屋鋪要という俊足トリオは存分に見応えがあった。当初は「スポーツカートリオ」と呼ばれていたが、解説者だった長嶋茂雄が「スーパーカートリオ」と言い間違えて以来、「スーパーカートリオ」が定着してしまったらしい。
87年以降ポンセ、パチョレックと云う外国人選手の活躍も良かった。“助っ人外人”と呼ばれていた時代。メジャーリーグで活躍したような高給取りの選手ではなかったので注目も薄く、然程期待はされていなかった。
ポンセはメジャーで21試合に出場だけで、然程大きな期待はされていなかったが、期待以上の活躍で、来日1年目の1986年には打率.322、27本塁打と大活躍を見せた。
88年入団のパチョレックもメジャー経験は48試合のみ。ポンセ同様余り期待されていなかったが、入団以来5年連続打率3割を超える好成績を残した。88年、89年共にセリーグ打率2位、90年には首位打者を獲得した。
ポンセ、パチョレックが活躍する中、日本人選手の大打者は現れずBクラス街道まっしぐらとなった。

88年の試合で今でも忘れられない名場面がある…とはいっても記憶が曖昧だが…。
記憶を明確にしたいのでネット検索で色々調べては見たが正確なデータは見付からず…。
明確に覚えているのが、巨人戦。
ピッチャー斉藤明夫、キャッチャー市川、バッターは呂明賜と云う場面だ。
球場は確か横浜スタジアムだったような…。
「アジアの大砲」と云われた呂明賜は当時の規定では外国人選手の一軍登録は2名までだったので、一軍には上がれずにいた。クロマティが怪我で欠場したのを期に一軍に昇格。デビュー戦で行き成りのホームラン。初打席初本塁打の後、10試合で本塁打7本を記録した。
確か其の頃だったと思う。
あの時の呂明賜は凄まじかった。何処に投げてもホームランを打たれる。そんな印象だった。
大洋の投手は斉藤明夫。バッターは呂明賜。ランナーがいたと思うが思い出せない…。大洋ベンチのサインは敬遠だ。当然だろうと思った。ストライクゾーンに投げればスタンドに放り込まれる…そう思わずにいられないくらい当時の呂明賜は凄まじかったのだ。巨人応援席は押せ押せムード。敬遠すればブーイング必至。それでも、敬遠するしかない。キャッチャー市川が徐に立ち上がり、敬遠の構えに入るが、あろう事か斉藤はストライクゾーン目掛けてボールを放り込んだ。市川は其れはないだろう!と云った具合に興奮気味に斉藤に抗議するが、斉藤は市川以上に興奮し、勝負だ!と言わんばかりに激昂し、市川を座らせた。
場内は騒然とした。
潔く勝負したが、見事に打たれて、其の試合は負けた。
確かホームランを打たれたと記憶しているが、ヒットだったような気もする。記憶が曖昧だ。
斉藤は試合後、市川には悪い事をしたとコメントした。
勝負して見事に打ち砕かれた斉藤はカッコよかったと思う。
私は、勝ち負けよりも、こういった名場面に心が動かされた。
抑えの切り札となった中山の連投に次ぐ連投で、いつものような剛速球が出なくなっても、なお投げ続けた試合や、代打の切り札となった加藤博一の見事なくらい一二塁間を真っ二つに割るようなタイムリーヒット。
ポンセのサヨナラホームランで加藤博一と手を叩き合うシーンも記憶に焼き付いている。
記録も大事だが、記憶も大事にしたいと思った。


横浜大洋ホエールズ
↑ 89年90年頃の大洋戦のチケット


90年には念願の3位、Aクラス入りを果たした。然し、勝率は4割9分2厘、惜しくも5割に届かず。91年5位、92年も5位と低迷。そんな中、高木豊、屋鋪要、山崎賢一、大門和彦が自由契約となった。主要選手がまとめて解雇された。
高木豊は「ゴミ箱に捨てられた気分」だと語った。
この余りに酷過ぎる解雇劇にショックを受けたと共に、ファンとしては球団への不信感を覚えた。
野球への興味も少し薄れてしまった。其れでも応援した。
この年、大洋ホエールズは横浜ベイスターズへと名を替えた。「大洋ホエールズ」の名で優勝を夢見て応援して来ただけに、残念でならなかった。
「大洋ホエールズ」の名で優勝したのはたったの一度限。1960年のみだ。日本シリーズは4-0で負け無し。こんなに強いのに前年の1959年は最下位。日本一の翌年1961年に最下位と云う何とも極端な成績を残している。


横浜大洋ホエールズ
↑ '90 横浜大洋ホエールズ選手別応援歌CD


93年は5位、94年最下位、95年4位、96年5位と「ハマの大魔神」佐々木が活躍するものの、Bクラス街道から中々抜け出せなかった。
然し、97年に2位。そして98年38年振り、念願のリーグ優勝。更に日本一となった。

万年最下位、横浜大洋銀行、横浜銀行と馬鹿にされ、散々苦杯を嘗めて来ただけに、この優勝の感激は一入であった。

次の優勝はいつになる事やら…。

最近は何だかんだで忙しく野球をゆっくり観るなんて事が皆無に等しくなってしまった。
正直、最近は選手の名前も余り知らない…。

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  • 2015.06.09 Tuesday
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  • 23:53
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コメント
初めまして。単刀直入に失礼な話ですがこの下敷き買い取らせていただけませんか?
  • モン
  • 2017/03/04 10:45 PM
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