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  • 2015.06.09 Tuesday
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あしたのジョー

幼少の頃、所謂“スポ根漫画”が好きだった。
漫画を好きになる切っ掛けが、正に其れであった。
後に、其のスポ根ものの大半が梶原一騎の原作だと知り、忽ち梶原一騎其の人に、尊敬と興味の眼差しを向けるようになった。

梶原一騎作品でも「空手バカ一代 」「侍ジャイアンツ 」「ジャイアント台風―ジャイアント馬場物語」「プロレススーパースター列伝」「巨人の星」などは、幼い私にもある程度理解出来て其れなりにのめり込む事が出来ただが、「あしたのジョー」だけは何故か深く入って行けなかったのだ。
あしたのジョー」は他の作品に比べ少々大人向けの漫画だったのかも知れない。

当時、プロレスや野球は特に人気があって、始終映像として観ていたから入り易かったのかも知れない。
ボクシングと云うと、私の小学生当時は人気が低迷していて、テレビ中継も少なかった所為か、余り観た記憶が無い。
そんな事もあってか、小学生の頃、「あしたのジョー」を何度か読んではみたが、何だか余り理解出来ず、途中で投げ出してしまったのだった。

其の後、私は中学生となり、再び「あしたのジョー」に触れる機会に恵まれた。
ボクシング好きの友人が「あしたのジョー」のビデオを貸して呉れたのだった。
これを観たら即ハマってしまった。
ビデオを観終わると、今度は単行本を全巻制覇した。




あしたのジョー」は周知の通り、梶原一騎の原作だが、梶原一騎名義ではなく本名の「高森 朝樹」を一字換えた「高森朝雄」と云うペンネームを使っている。

あしたのジョー」の連載が始まる前、既に「巨人の星」が大ヒットしていた。其の「巨人の星」との差別化を図る為、先ずペンネームを変え、そして、主人公は星飛馬とは正反対の不良少年に設定したと云う。


梶原は18歳の時、少年小説家としてでデビューした。
当時、少年誌の大半を小説が占めていたが、軈て時代の波は漫画へと変貌し、少年小説は少年雑誌の片隅へ追い遣られ、終には漫画が全ページを占める事となった。
梶原は少年小説家の廃業を余儀なくされた。
編集者の勧めもあり、漫画原作者と云う道を選んだのは其の所為であった。
漫画の筋書き作りに釈然としないまま原作を書き続けたがヒット作を連発。
梶原には「所詮ガキの読む漫画」と考える一方で、漫画を文学の域まで持ち上げて遣ると云う意気込みがあった。
そして、高森朝雄の名で、其の意気込みをに強く表したのが「あしたのジョー」であった。




原作=梶原一騎、画=ちばてつやで連載が決まると、編集者を挟み、入念に話し合いが行われた。
不良少年を主人公としたボクシング漫画と云う設定は決まっていたが、肝心のタイトルが決まらず。幾つかタイトルを挙げるが中々しっくりとしたタイトルが浮かばず。
話し合いを進める内に、今日を如何生きるか、「明日を探す」と云うテーマから、「あしたのジョー」と云うタイトルを生み出した。


1968年(昭和43年)1月1日号「少年マガジン」(1967年12月15日発売)にて連載が開始された。
其の連載第1回を目にした梶原は怒りに震えた。
梶原の原作とは大きく異なるリングでボクシングをするシーンから始まっていたのだった。
原作をいじっても良いと許可していた梶原だが、これには怒り心頭。この仕事を降りるとまで言い出した。
しかし、編集長の説得により何とか最悪の事態は免れ連載は続いた。

梶原とちば、そして編集者は、寸暇を惜しみ度々顔を合わせ、妥協する事無くとことん話し合い、ストーリーを作って行った。

そして、ちばが重大な過ちを犯してしまう。
「力石が立ちはだかった」と云う原作の一文から、ちばは力石を大きく描いてしまったのだった。ボクシングは階級性である。体格が著しく違う力石を描いてしまうとジョーと対戦させる事が出来なくなる。
しかし、梶原は其れを逆手に取ったのだ。力石を過酷な減量へと追いやったのだった。
死力を振り絞り減量する力石は軈て過酷な減量が祟って死んでしまう。

力石の死…其れに際し、前代未聞の葬式が行われた。
漫画の登場人物の葬式と云う初の試みを寺山修司を中心に行われたのだった。
力石の葬儀が行われた一週間後、「あしたのジョー」はテレビアニメ化された。

あしたのジョー」人気は一途を辿り、多忙を極めたちば急病で倒れる。
あしたのジョー」は休載を余儀なくされた。
1971年(昭和46年)2月、3ヶ月振りに再開をする。

そして、大きな山場を迎えていた。
其れは「あしたのジョー」の最後を如何するかであった。

梶原の原作には、
「ジョーはホセに敗れる
うなだれたジョーに段平が言っていた
お前は試合には負けたが
ケンカには勝ったんだ」
と書かれていた。

其れを見たちばは怒り心頭。
「ここまでやって来てケンカに勝ったはないじゃないか!」と反駁した。
ちばは電話で「ラストは変えますよ」と梶原に告げた。
梶原は「ああ任せるよ」と素っ気無い返事をしたと云う。
連載を多く抱え、多忙を極めていた梶原は以前のように直接会って話し合う事が出来ず、二人の遣り取りも電話で済ます事が多くなっていた。

ちばは反駁したもののこれと云った腹案が丸で無かった。
其処で、アシスタントを集め話し合ったがこれと云った名案が出ず。
単行本を1巻から読み直した。

ちばの目に留まったのは、
第14巻、ドヤ街での場面、紀子とジョーの遣り取りであった。
「矢吹くんは、さみしくないの?」と切り出す紀子。
同じ年ごろの青年が青春を謳歌しているというのに、ジョーはくる日もくる日もボクシング漬けの日々。
体重をおさえるために食べたいものも食べずに我慢。
そんな姿に堪り兼ねた紀子は、
「みじめだわ悲惨だわ、青春と呼ぶにはあまりにも暗すぎるわ!」
と言い放った。

其れに対しジョーは、
負い目や義理だけで拳闘やってるわけじゃないぜ。
青春を謳歌するってこととちょっと違うかもしれないが、
燃えているような充実感は今まで何度もリングで味わってきたよ
と言う。
更に、
「そこいらの連中みたいにブスブスとくすぶりながら不完全燃焼しているんじゃない…。ほんの瞬間にせよ、まぶしいほどまっ赤に燃えあがるんだ。そしてあとにはまっ白な灰だけが残る…燃えかすなんか残りやしない…。まっ白な灰だけだ。」
ジョーはそう言い切った。

このジョーの言葉から、
これだ!とちばは確信した。

まっ白な灰だけが残る…
燃えかすなんか残りやしない…
まっ白な灰だけだ

一つの生を完全燃焼する為に生きる矢吹丈の姿、
これを描こうと、ちばは決心したのだった。

そして、伝説のラストシーン。
矢吹丈は、燃え尽きた。




1973年(48年)5月13日号、連載開始から5年4ヶ月で「あしたのジョー」は終了した。


あしたのジョー」に就いては、もう語り尽されている感があるので、「あしたのジョー」の魅力を今更如何とか述べるのも何となく決まりが悪い感じになってしまうが…。
一つ実感しているのは、初め(小学校低学年くらいの頃)読んだ時、全く理解出来なかったが、中学で読み直して嵌り、更に高校で再び嵌り、20歳過ぎて読み直して尚、嵌り、30を過ぎても尚、嵌ってしまう。
この作品は年と経験を重ねるとより深く理解出来るものだと実感している。
ジョーには人生が凝集されている。
ボクシング一筋に魂を注ぐ。そして、対戦相手との出会いから感化を受け、成長して行く。
生き様と出会いと云う人生形成が見事に詰め込まれている作品なのである。




最後に一つ触れて置きたいのが、「マンモス西」である。
あしたのジョーと云えば、ジョーや力石の“カッコ良さ”ばかりが印象に残ってしまうが、「あしたのジョー」に置いてマンモス西と云う“カッコ悪い男が描かれている事は、決して見逃してはならないと今更ながらに思う。
ジョーや力石は夢の実現を目指し一歩一歩着実に前進して行った英雄であるが、其れとは対照的にマンモス西はボクシングを断念した「だめ男」である。

西と丈の出会いは少年鑑別所だった。
西は鑑別所内の大部屋のボスであった。大威張りの西は手下と共に新参の丈をリンチし失神させしたり顔であった。
しかし、其の後、丈が奮起し西にジャブを浴びせると西は失神してしまうのだった。丈の強さを知り、西は丈に屈するのだった。西と丈は共に特等少年院に送られる事になると、西は怖気づいて丈に弱音を吐くのであった。
弱い者の中では滅法強いが強い者には簡単に屈してしまうのが西であった。西はもうこの時点で現実と云うものを思い知ってしまったのだろう。
出所すると西と丈は共にボクシングの練習に励むが、減量苦から西は逃れ夜中にこっそりうどんを食べに出掛けてしまうのであった。
西は自分の駄目さを知り、ボクシングを断念。林食料品店の娘典子と結婚し地道に働く事となった。

こうして見ると、丈と西の人物像に「カッコ良い夢」と「カッコ悪い現実」と云う対極が描かれている事が感じられる。
夢を追い続けるカッコ良い丈と、夢を諦めたカッコ悪い西と云う捉え方になってしまうが、果たしてどうであろう?
どちらが正解などと詰まらぬ事は述べるつもりはないが、逆説的な捉え方も出来よう。
『かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう』なんてタイトルの早川義夫のアルバムがありましたが…。

夢を実現した人と夢を諦めた人とどちらが多いかと考えると恐らく後者の方ではないかとしみじみ思うのであった。
「あしたのジョー」の脇役にマンモス西を描いた事は美事だと思うと共に美事な構成だったと今更ながらに思うのであった。

キャプテン / ちばあきお

 小学校の低学年の頃、両親に連れられ、親戚の家へ遊びに行った。其の家に置いてあった漫画が『キャプテン』であった。
 当時、私は大の勉強嫌い活字嫌いで、漫画すら読むのが苦手な子供だった。野球には興味があったので、野球漫画である『キャプテン』ならと思い、手に取って読んでみると、これが思いの外、面白かった。すっかりハマってしまった。3巻程読み終えたところで、両親が「もう帰るよ」と私を呼んだ。私は「未だ帰りたくない。続きが読みたい」と駄駄を捏ねると、見兼ねた伯母さんが「これ持って行きなよ」と全巻を袋に入れて呉れた。持ち主である伯母さんの息子に許可無く貰っちゃって良かったのかな?と今になって思うが、当時は貰えたと云う嬉しさしかなかった。

キャプテン

 これが当時戴いた『キャプテン』1巻から21巻。5巻〜7巻と14巻、22〜26巻が欠如している。これらは、当時、余り親しくない友達に貸したきり戻って来なくなってしまった。
 大のお気に入りとなった『キャプテン』、この面白さを皆に教えたいと、当時、学校に持って行って友達に薦めた。私の通っていたクラスは給食当番の準備時間、雨の日の休み時間は漫画を持って来て読んでも良いとなっていた。

 私は『キャプテン』から大いなる感銘を受けた。この作品の素晴らしさは矢張り純情で人間味溢れる登場人物たちにある。
 ちばあきおは「ぼくの作品には、あまりパーフェクトな人間はとうじょうしません」「少し欠点のあるキャラクターの方が人間味があって好きだからです」と述べている。
『キャプテン』は文字通り“キャプテン”が主役なのだが、最初のキャプテン・谷口タカオが卒業すると、次は丸井がキャプテンに、其の後、イガラシ、近藤とキャプテンが移り変わる。主役が変わっちゃうのかよ!と子供心にもこれは斬新だと思った。
 四人のキャプテンを其々味のある生き生きとした性格を見事に描き切っている所は圧巻である。

 矢張り、最初のキャプテン・谷口タカオの存在は絶大である。「素質も才能もないもの」と自らを断言し、惜しみ無く陰で努力する谷口タカオの直向さ。精一杯頑張り、諦める事を潔しとしない其の姿に部員たちが共感し団結し、様々なドラマを生んだ。

ちばあきおのすべて チャンプ

 『キャプテン』を知り、ちばあきおにも興味を持ち、やがて余り興味の無かった漫画にも興味を持った。アニメ版が何度も再放送され其の都度見ていた。アニメの主題歌もとても印象に残っている。

 1984年にちばあきおが自殺した事を後に知って大きくショックを受けた。
然し、『キャプテン』は私にとって、いつまでも心に残り続ける不朽の名作である事は間違いない。


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