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  • 2015.06.09 Tuesday
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213日間のピアノ練習 

時が経つのは早いもので…何て云うと何だか年寄り染みていて嫌になる。
ピアノ練習を始めてから7ヶ月が過ぎた。合計213日。
“一日最低一時間”と決めて練習を始めたはよいが、これが中々思うようにいかず。一時間に満たない日も数日あった。ピアノの音がおかしくなってしまったり、指が攣ってしまったり、集中力が散漫になる事度々で、思うように上達しなかった。
とは云うものの一日もかかさず練習した。
そんなこんなで、一ヶ月毎に感想を記録しておいたので、以下に纏めて記して置きます。



■ピアノ練習 初日 2008.08.26

今日からピアノの練習を始めた。
とは云っても1曲も弾けない。
真に情けない。
シンセサイザーを買ったのは今から14年前。
当時170,000円もしたYAMAHA EOS B700。
(当時は今みたいに貧乏じゃなかった…)



此の間、中古屋で、これと同じ物が25,000円で売られていた。
と云う事はこれを売っ払っても…。
溜息が出てしまう。
とは云っても、売っ払うつもりは微塵も無い。
気付けば14年もの間まともに弾く事も無く部屋に置きっ放しにしていた。
買った直後に、数曲作曲した程度で他は演奏すらしていない。
当時は、弾けなくても作曲出来るもんね!と粋がっていたが、其れは負け惜しみに過ぎなかった。
左手と右手と別々に弾いては多重録音をして曲を完成させていた。従って自分で作った曲を自分で演奏出来ないのだ。(今聴くと聴くに耐えない低俗な曲に過ぎないに決まっているので聴く気がしないが…)

中古屋でシンセが売られているのを見た時、何だか切ない心持ちになった。
ピアノを練習してみようと思った事は過去に何度もあった。
でも、直ぐに挫折。
ピアノスコアを買って来ては挫折。其の繰り返し。
いつかやろうと思いつつも後回し。これはダメ人間の最もダメな典型だ。
この間、友人に「何か特技ある?」と訊かれ、困った。
正直に「無い」と答えた。
「特技」と云うのは優れた技量、特別の技能の事だから…、従って私には特技が無いと云う結論に帰結する。
趣味はあっても特技無し…。
生まれて此の方、特技と云うものを持った事が無い…。
これでは、永遠のダメ人間だ。
そもそも、ピアノを弾きたいと思ったのはラジオから流れるScott Joplin(スコット・ジョプリン)の「The Entertainer」を聴いた時だった。
此の曲が弾きたいと思い、楽譜を買った。
弾いてみると此れが難しい。指が攣りそうだ。
思うように指が動いて呉れない。行き成りの挫折だった。
簡単な曲からと思い、別の曲を練習したが退屈だ。
直ぐに匙を投げてしまった。
あれから、14年も経ってしまった。
「The Entertainer」を弾いてみたい。
今更ながら思う。
徒、思っていても仕方が無い。
兎に角、弾いてみようと思い、弾いてみた。
相変わらず、指が開かない。攣りそうだ。
此処で止めてしまっては、愈々駄目人間の殿堂入りとなってしまう。
今、弾かなくてはもう一生弾かずに人生を終えてしまいそうな気がする。
ピアノ無しでも生きて行けるがね。
其れでは無粋だ。
1曲でも良いから弾けたら粋だと思う。
随分、程度の低い話になってしまった。
「The Entertainer」が格好好く弾けたら、特技はピアノ!と粋がっても好いんじゃないかと思う。
思うよ〜ん。
時間的に余裕は無いけれど1日1時間を目標に練習しようと思う。
これを毎日続けて、1年後どれくらい弾けるようになっているのか。
いざ、挑戦!









■ピアノ練習 30日目 2008.09.26

先ずは「The Entertainer」を弾きたい!
なんて、思いつつ練習開始。
1ヶ月が過ぎてしまった。
1日1時間と云う目標はクリアした。1時間以上の日もあった。
従って、この1ヶ月で合計30時間以上はピアノを練習した事になる。
日毎漸進ではあるが着実に上達した。
尤も、ドレミファソラシドすら滑らかに弾けないところからのスタートだから、上達するのも当たり前の話。
上達とか云うレベルの話じゃないけれどね。

で、「The Entertainer」
練習の成果は…
可也酷いが、何とか弾けるようになった…。否々、ミスし捲くっているから、弾けたと云うより弾く音を暗記しただけの話だ。
指は弾くべき場所に行くがミスタッチのオンパレード。

昨日は徹夜で練習。何でこんなに躍起になってるんだと我に返る事度々…。
先日、知人に「何の為にピアノやってんの?」と真顔で訊かれた。
無粋な問いに、絶句してしまった。
ピアノ弾いてる人は何の為に弾いてるんだろうね?
「何の為に…」
この質問は無粋だ。
遣りたいから遣る。遣りたい事を遣る。こう云った純粋な気持ちは兎角理解されないものだ。
事を行う前に一々これ何の為に遣るんだ何て考えてたら、何もかも、冷めてしまう。
時には、立ち止まって何の為にと考える事も必要だと思うが、時には、見る前に飛べ!と云うのも必要じゃないかと思う。

「ピアノは弾きたいから弾く」
其の答えに知人は納得して呉れなかった。

ピアノでしたい事と云えば、
自分のイメージした音を出したいと云う想いがある。
「心地の好い音」を出したいのだ。
料理で云ったら自分の好みの味を作り出すと云うイメージだ。
今の段階では、頭で描いた音が指で弾いても出て来ない。これは訓練するしかない。
訓練に訓練を重ね、漸く自分の味が出る。
其の域に達するまでは未だ未だ遠い話だが…。

さて、ピアノ練習2ヶ月目に突入する。
具体的な目標が出来た。
月1曲クリアする!これで決定。
年間最低10曲はクリアしたい。
「The Entertainer」は並行して練習。
今月練習する曲は「Libertango」(リベルタンゴ)
後は、練習あるのみ。
理屈で考えるより、兎に角弾いて、身体に叩き込む!
これしかない。

使用楽譜はこちらnext CD付 プロ並みピアノ演奏 虎の巻! スタンダードヒッツ編 2





■ピアノ練習 62日目 2008.10.26

ピアノを始めて今日で2ヶ月が過ぎた。
ピアノを弾く面白さにドップリと浸かりつつあるが、早く上手くなりたいと云う想いが先行する所為か、思い通りに行かず度々の苛立ちを覚える。
指が勘所を弾いて呉れない。そんなもどかしさと葛藤してしまう。
自分には何が足りないのか?と考えると先ず「集中力」と云う言葉が出て来る。
弾けないフレーズを弾けるようにする。出来ないものを出来るようにすると云うのには相当な集中力を必要とする。
解っていながらも出来ないと云うのはもどかしい限りだ。こんな当たり前の事を述べるのもちょいと恥ずかしいが…。
頭では解っているが…などと云うのは所詮言い訳に過ぎぬと実感するばかり。
まあ反省も程々にして…。

弾けないのに弾きたい曲が山ほどある。あれも弾きたいこれも弾きたいとなってしまうのも良くない。
整理が必要だ。

初めに定めたスコット・ジョプリンの『エンターテイナー』(Scott Joplin /The Entertainer) は確実に遣り遂げたい。
兎に角、弾いて弾き捲くって身体に叩き込む!このスタイルで進めている。
今月から新たに始めようと思うのが同じくスコット・ジョプリンの『The Easy Winners』とリヒナーの『ジプシーダンス』(Heinrich Lichner / Gipsy Danza)、それと、先月から始めた『リベルタンゴ』(Libertango)も平行して練習する事にした。
月1曲クリアを目標なので、あと2ヶ月でこの4曲に絞って何とか弾けるようにしたい。

当初は1日1時間としていたがこれでは到底上達が遅い。1日最低3時間4時間は練習したいものだが、中々時間が取れない。最近では何とか頑張って1日2時間以上をクリアしている。其れでも物足りない気がするが、2時間で何とかするしかない。朝起きて1時間寝る前に1時間と云うパターンで日々練習している。
滑らかに弾けていると集中力が増すが、躓きだすと、一気に集中力が切れてしまう。
其れと苦手意識としてあるのが譜面を読むと云う事。これは訓練して慣れて行くしかない。

早く上手くなりたい…と色々考えると気になるのが練習法。
ピアノを習いに行くと云う手もあるが、其れは金銭的に無理だ。
本屋へ行くと必ずチェックするのがピアノ教則本。この類の本はごまんとある。然し、初心者向けのものはどれも退屈だ。
退屈な基本練習から始まる。中には、椅子の座り方、椅子の高さ、指の開き方、手首の使い方など事細かな説明がなされている。
御丁寧に在り難いと思う以前に、退屈で嫌になってしまう。説明ってヤツは朝礼での校長先生の長話の如く退屈なのだ。嫌気がさしてしまう。
物事を一つずつきっちりこなして行くタイプの人には向いているかも知れないが、私のような物臭には向いていない。
駄目人間だもの。
と云う事で、見る前に飛べ!と云った具合に行き成り曲を弾く事にした。

退屈を感じてしまう教則本とは違い、ピアノ練習の番組は興味深く観られる。
最近ハマっているのが、NHK教育(毎週土曜日の12:30〜12:55)放送の『スーパーピアノレッスン〜巨匠ピレシュのワークショップ〜
これが実に興味深い。
生徒は職業ピアニストを目指しているような上級者レベル。
先生は超一流ピアニストと云う事で、一寸レベルが高過ぎる。
マリア・ジョアン・ピレシュのスピリチャルな言葉が頻発する。
凄い世界だと感服するばかりだ。



マリア・ジョアン・ピレシュは1日3時間程しか練習しないと云う。
一流のピアニストの中には指を痛めてしまう事を懸念して家事は一切しないなんて人も多いようだが、ピレシュは家事も日常的にこなしているそうだ。
ピレシュは小柄で手も一般の女性よりも小さめだと云う。
これはもう天才としか云いようがない。

そして、もう一つ。
国府弘子の今日からあなたもジャズピアニスト
こちらは初心者向けで、解りやすく楽しく練習出来そうだ。
最近再放送されていたので、ビデオに撮って熱心に観て練習している。



国府弘子曰く「初心者だって容赦ナシ!」
簡単過ぎず、難し過ぎず、初心者の私には程良いハードルである。





■ピアノ練習 93日目 2008.11.26

ピアノを始めて3ヶ月が過ぎた。
最初の1ヶ月が1日1時間、其の後の2ヶ月が1日2時間の練習をしたので、合計で150時間以上はピアノを練習した事になる。
相変わらずのミスタッチのオンパレード。如何にミスを少なくするかが課題だ。真に情けないレベルの話である。
漸進的であるが着実にミスタッチが減り、打率が上がっている。
一時期は牛の歩みの上達に嫌気がさしたが、何とか乗り越え、練習は続いている。
1日2時間以上は中々時間が取れない。こうなりゃ少ない時間で機関銃の如く音を乱射して練習に励むしかない。

・『エンターテイナー』(Scott Joplin /The Entertainer)
・『The Easy Winners』
・『ジプシーダンス』(Heinrich Lichner / Gipsy Danza)
・『リベルタンゴ』(Libertango)

この4曲を並行して練習している。メインは『エンターテイナー』。この曲を重点的に練習している。この曲は退屈しない曲だ。左手も右手も忙しなく動く。
練習の成果もあって漸く形になって来た。
他3曲は未だ未だだ。あと一月で全て弾けるようにするしかない。
厳しいな。





■ピアノ練習 123日目 2008.12.26

ピアノを始めて4ヶ月が過ぎた。
ここ1ヶ月は1日平均2時間の練習をした。
1ヶ月に1曲と云う目標は達成出来ず。

『エンターテイナー』(Scott Joplin /The Entertainer)
『イージーウイナー』Scott Joplin /The Easy Winners)
『ジプシーダンス』(Heinrich Lichner / Gipsy Danza)
『リベルタンゴ』(Libertango)

4ヶ月でこの4曲をクリアしたいと思っていたが、目標不達成に終わった。
重点的に練習した「エンターテイナー」1曲のみが何とか弾けるようになったと云う程度の不甲斐なさ。
今後も練習を続け最低この4曲はクリアしたい。
スコット・ジョップリンの曲で弾きたい曲は沢山ある。「Maple Leaf Rag」「Pine Apple Rag」もレパートリーに入れたいが、今の段階では幅を広げず先ず先に挙げた4曲に絞る事にした。
果たして1年で何曲弾けるようになるのやら。
始めた頃は、嫌に成る程、指が動いて呉れなかった。其れに比べると今は大分軽やかになった。
今では上手く弾けない苛立ちより、弾ける面白さの方が勝っている。

つい先日、あろう事かシンセサイザーがイカれ出した。
ドの音が時々バカになってしまったのだ。
「ド」の音が「ド〜」と丸で世界のナベアツが3と3の倍数でアホになるが如しだ。
壊れて練習が出来なくなるなんて事だけは避けたいものだ。









■ピアノ練習 154日目 2009.01.26

ピアノ練習を始めてから5ヶ月が過ぎた。
最初の1ヶ月は1日1時間、2ヶ月目から1日2時間のペースで練習して来た。
『エンターテイナー』だけで合計200時間以上練習している。其れでも、完璧とは程遠いレベルだ。1曲フルで演奏して4分一寸の曲を一体何百時間、或いは何千時間、何万時間練習すれば納得の行くレベルに達する事が出来るのだろうか?
でも、このまま地道に練習を続ければ、其の地点に到達出来るに違いない。と云うのも、牛の歩みながら日々確実に上達しているからだ。日進月歩とは行かない事を実感した。だが、確実に巧くなると云うのが判った。






■ピアノ練習 185日目 2009.02.26

ピアノ練習を開始してから半年が過ぎた。
もう半年が過ぎてしまった…と云うのが正直なところ。
想定していた1ヶ月1曲クリアすると云う目標とは程遠い有様だ。
真に情けない限り。
「ド」の音がおかしくなってしまい、更には「ミ」までイカれてしまった。
其れでも、めげずに練習をしている。
「ド」と「ミ」を多用する曲は不快な音が乱れ飛んでしまうので、「ド」と「ミ」を使わない曲を一つ選んだ。
韓国ドラマ「秋の童話」の挿入曲の『Reson』のピアノヴァージョン。これは初心者でも簡単に弾ける曲だ。
『エンターテイナー』は半年も練習しているというのに未だにミスタッチが多いが、『Reson』は1ヶ月の練習でノーミスで弾けるようになった。
練習の順番を間違えたかも知れない。否、『エンターテイナー』で鍛えられた指使いが此処に活かされたと思えば、決して遠回りではない。練習には近道はないと云うのが私の持論であるから、順番など気にせず、好きな曲からクリアして行こうと思う次第である。
今日からエリック・サティの『グノシエンヌ』(Gnossiennes)と『ジムノペディ』(Gymnopédies)を練習開始した。

現在練習中の曲目は以下の7曲。
『エンターテイナー』(Scott Joplin /The Entertainer)
『イージーウイナー』Scott Joplin /The Easy Winners)
『ジプシーダンス』(Heinrich Lichner / Gipsy Danza)
『リベルタンゴ』(Libertango)
『Reson』
『グノシエンヌ』(Erik Satie / Gnossiennes)
『ジムノペディ』( Erik Satie / Gymnopédies)





■ピアノ練習 213日目 2009.03.26

7ヶ月過ぎてしまった。過ぎてしまったと云うのは、結局思うように出来ていないと云う結果から出る言葉だ。
ゼロからのスタートだから7ヶ月も続ければ確実に上達している。其れは好い事だが、問題は上達の速度である。思いの外、上達するのが遅かった。其れでは満足からは程遠い。
1ヶ月1曲クリア出来るだろうと思ったが甘かった。8ヶ月合計で約450時間練習した。其の結果、ミスタッチで弾けるようになったのは『エンターテイナー』『Reson』のたったの2曲…。不甲斐無い限り。
弾きたい曲は砂の数ほどある。これは一生かけて地道に練習して行きたいと思うのみである。
もう一寸ピアノ巧くなりたい。最低10曲クリア。其処まで行けば、「趣味ピアノ」宣言をしても良いであろう。
一つと云うか大きく困ってしまったのが、日に日にシンセのイカれ具合が酷くなっている事だ。最初は「ド」の音がおかしくなり、そして「ミ」もイカれ出した。遅れてオクターブしたの「ド」「ミ」も駄目になった。これでは「ド」「ミ」を多用する『リベル・タンゴ』を演奏するのは難しい。出だしから音が不快になってしまう。まあ、其れでも指の練習が出来ればとイカれた不快な音に耳を塞ぎつつ練習は続けられる。音がイカれたのを口実にピアノを止めるなんて事だけは絶対に避けたい。金があれば、直ぐにでも新しい電子ピアノに買い換えるのだが、そんな余裕などないから仕方ない。
近い内、出来れば来月辺りに旅に出ようと思う。カメラを持っての撮影の旅。そうなるとピアノが弾けなくなってしまう。真に残念でならない。私の中には第一に写真があるから仕方無い事だ。旅に出たら写真に専念しようと思う。旅と云っても私の場合は写真撮影の為の旅である。私の場合は、「旅に写真が必要なのではなく、写真に旅が必要なのである」と考えている。わかるかなぁ!!わかんねぇだろうなぁ!!by 松鶴家 千とせ イェ〜イ チョキ
デジタル一眼とトイデジを持って旅に出よう!いい写真を沢山撮りたい。
そして、写真を撮り貯めた写真で何か遣りたいねぇ。
ピアノ練習は当分お休み。旅の道中はエアピアノで練習するしかない。帰って来たら練習再開。兎に角10曲はクリアしたい。
7ヶ月のピアノ練習は私にとって好い刺激だった。

沙滞屋写真スライドショー



撮りためた写真を「フォト蔵」に載せました。


posted by Takashi Sataiya (ทาคาชิ สทัยยา)

子供の頃はピアノが嫌いだった

子供の頃は、余りピアノが好きではなかった。
と云うのも、幼少の頃、仲の良かった友人が、いつも母親に叱られながらピアノを練習していたから、其様な姿を見ていた私は友人が不憫に思えて、ピアノは習いたくないものだと思った。
ピアノは「やるもの」ではなく「やらされるもの」なのだと子供心に思ったのだった。

友人宅へ遊びに行くと、ピアノの音が聞こえてくる。
「あとちょっとで終わるから待ってて」
と友人の部屋で待たされる。
ピアノを弾く友人の姿を覗き見ると、横には仁王立ちの友人の母。
友人が演奏をとちると母親は鬼の形相で叱り付ける。
母親の御眼鏡に適うまでは遊びに行けない。だから、友人は必死にピアノを弾く。
其の時は単純に可哀想だと思った。
其の友人の母は俗に言う“教育ママ”であるから、後、其の友人は1週間習い事でビッシリのスケジュールを組まれ、やがて私と遊ぶ事も無くなってしまった。

私は気楽なもので、幸か不幸か習い事と云う習い事をしていなかった。
幼少の頃の私は、ピアノとは全く無縁の暮らしをしていた。ピアノに触れる事も無く、興味すら沸かなかった。

子供の頃、触れた音楽といえば流行の歌謡曲ぐらいだった。取り分け音楽にも興味が沸かなかった。如何云う訳だか中学ぐらいから、ロックへ興味が移行し、気付けば洋楽ばかり聴きまくり。偉そうに薀蓄を傾けるまでに至った。ロックと云っても幅広い。手当たり次第に聴き捲くると飽きてしまった。
ジャズを聴いたり、民族音楽、クラッシックなど色々と聴いて行くと何だか自分の好きな音楽が何なのだか判らなくなった。
音楽を求め過ぎた反動か、一時期、音楽が酷く疎ましく思えた時期があった。音=雑音と云うくらい音楽が耳障りに感じてしまったのだった。
其の時、幼少の頃の悪夢のような光景が突如脳裏に蘇って来た。
ピアノの練習する友人、其の横に仁王立ちの友人の母…。
あれはトラウマかも知れない。

思えば、私は馬鹿みたいに音楽を貪り過ぎていたのかも知れない。過食のようなものだ。
音楽を絶ってしまうと如何にも腹が減る。そして、また音楽を聴き始めるのだった。
ここ数年は静かな曲ばかりを好むようになってしまった。
クラッシック、特にピアノ曲に落ち着いてしまった。
漸くあの頃の「ピアノはやるものでなくやらされるものだ」と云う呪縛から開放されたようだ。
ピアノを弾くのは興味深い事だとしみじみ思う今日この頃である。

posted by Takashi Sataiya (ทาคาชิ สทัยยา)

ギリヤーク尼ヶ崎

「新宿三井ビル55ひろば」にて、毎年恒例の大道芸人・ギリヤーク尼ヶ崎の公演が行われた。

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新宿通りの路上で初めてギリヤーク尼ヶ崎の踊りを偶然に見て以来、其の踊りに興味を持った。
初めは、感情の赴くままにアドリブで滅茶苦茶に踊り狂っているのかと思ったが、二度三度と其の踊りを見て行く内にそうではない事に気付かされた。
ギリヤーク尼ヶ崎の踊りは、長年に渡り、日々練習に練習を重ね緻密に作り上げられたものなのだと感じられる。

初めて其の踊りを目にしたのは12年前。其の時の衝撃と感動を今も忘れない。
現在78歳のギリヤーク尼ヶ崎。其の踊りは12年前と変わらず、同様の感銘を受けた。肉体的年齢的な衰えが全く感じられない。
毎日踊りの練習は欠かせないと言う。恐るべし芸人魂!

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全ての演目を終えたギリヤーク尼ヶ崎。其の表情は実に穏やかだった。

posted by Takashi Sataiya (ทาคาชิ สทัยยา)

テレビ復活

約4ヶ月半程前にテレビが壊れて観られなくなった。
テレビが観られないのは残念だと諦めたが、観ようして溜めて置いたビデオが観られなくなったのが残念だった。
金があれば直ぐにでも買いに行ったが…。仕方なくテレビを我慢した。
当分はテレビ無しで生活しようと考えていたが、幸運にも昨日テレビを貰った。
友人から使わなくなったテレビを譲り受けたのだった。
10年以上前のオリオンのテレビデオだが、ビデオは壊れていて再生不能。かなり痛んでいるので、時々画面が歪んだりもするが、観られるだけで十分である。
テレビは無けりゃ無いで観ないけど、あったらあったで観てしまう。
矢っ張り時間の無駄かなと思いつつ観てしまうんだな。
駄目人間だもの。

posted by Takashi Sataiya (ทาคาชิ สทัยยา)

弾くと聴くとは大違い

ピアノは聴くと弾くとでは大違い。
自らピアノを弾いてみると実感する。
でも、只管聴き続け、そして弾き続ければ何処かで「聴く」と「弾く」と懸隔が無くなり、一つに繋がって行くようにも思えるが…。

今更ながら、ピアノを始めた私は、今更ながらピアノの難しさを実感している。
これは相当な訓練が必要だなァと今更ながらに思う。
こうなっては、気楽に聴いていたピアノ曲もそう気軽には聴けなくなる。
日々の弛まぬ努力を積み重ねた上で漸く意のままに弾く事が出来るようになるのがピアノだ。
日々の努力で技術、経験、知識などを身に付けて行くしかないのだ。

ピアノを弾き続ける事でどんなものが見えて来るのだろうかと云う興味もある。
ピアノの練習を始めて間もないが早くも色々な事を感じ取っている。
未だこれしか弾けない、何度やっても同じミスばかり…と云った挫折の連続。其の一方で、よし!と云える一歩を味わっている。
其れがピアノの厳しさであり、面白さでもある。

ピアノは難しい楽器だなァと実感している。
難しいからこそ遣り甲斐がある。そして、難しさにも魅力があると感じる。
何よりもピアノの表現力の広さ、奥深さに魅力を感じている。
聴いても心地好し、弾いても心地好し、より一層ピアノの魅力に嵌って行くTODAYこの頃でございやす。

ピアノへの興味

私がピアノに興味を持ち始めたのは、20歳を過ぎてからである。
10代の頃はロックばかり聴いていたから、ピアノには殆ど興味がなかった。
好きな音楽にピアノが入っていなかったから、然程意識もしなかった。ロックとピアノと云うと相反するもののように思えたし、ロックとピアノとは巧く溶け合わないとすら思っていた。
ロックで最初にピアノの音を耳にしたのはクイーンであった。
ピアノも悪くないなと思い始める切っ掛けだった。
ヒゲ面で胸毛がボーボーのあのオッサン、否、フレディ・マーキュリーがピアノを弾いていたのには驚いた。

シンセサイザーを買って、最初にコピーしたのがクイーンだったが、これが大苦戦。
ピアノが弾ける友人はクイーンなら簡単だよと言うのだが、私にはお手上げだった。指が開かず、オクターブすら届かなかったのだ。

行き成りの挫折。
其の後長い間、シンセに触れる事無く月日が過ぎた。

或る日、ラジオを聴いていると、「The Entertainer」が聴こえて来た。誰の演奏か定かではないが、ピアノのみの音であった事は確かだ。
メロディは御馴染みで知っていたが、其の時、初めてThe Entertainerと云うタイトルを知った。
これだ!この曲をピアノで弾こう!と思い立って、楽譜を購入。
然し、この曲はピアノが全く弾けない初心者の私には余りに難しかった。
直ぐに断念。
左手でベース、右手でメロディ…これが同時に出来ないのだからお手上げ。
其処で思い付いたのが、先ずは左手のパートを録音。次に、右手のパートを重ねて録音。
左手パートを両手で弾いて録音、重ねて右手のパートを両手で弾いて録音。これで曲になる。
こんな馬鹿な事をしていた。真に情けないが、こんな事をしていたら、不意に作曲なら出来ると思い、数曲作曲たが…、まあクソみたいな曲であろう。探せば部屋の何処かに録音したテープがあると思うが、今、聴き返す勇気がない。

音楽は趣味で演っていたが、年を取るにつれ、音楽と接する時間も減って行った。
そして、年の所為なのか、新しい音楽が全くと云ってよいほど理解出来なくなっていた。
(最近は古い曲ばかり聴いているなァ)

次第に、音楽から離れて行った。

テレビやラジオで耳にする曲は、
無駄に高音やファルセットを連発する歌声、
ギターを無駄に掻き鳴らし、ドラムはドンドコ単調で、
音がガチャガチャしてて、こりゃ、音の無駄遣いだ、と、うんざり…。
何だか音楽も雑音も同じく耳に悪いなァと感じるようになってしまい嫌になった。

ならば、シンプルな曲が聴きたいと思い、ピアノ曲を聴くようになった。
ピアノの音だけ。他の楽器は一切入っていない。
ピアノ一台、奏者一人、これだけで全てを表現してしまう。そんなシンプルな曲が好きになった。

ピアノは指先のタッチで感情までをも表現してしまう。
其処に奥深さを感じるのだった。
次第にピアノ魅力の引き込まれて行ったのだった。

ピアノの歴史は長い。ピアノで出来る全ては遣り尽くされてしまった。そんな感があるが、ピアノの可能性はまだまだあるような気もする。

まあ、色々な想いがあるが、兎に角、ピアノを始めてみようと思った次第であります。

posted by Takashi Sataiya (ทาคาชิ สทัยยา)

暑い。

部屋の温度34℃、
32℃を超えると忽ち不快になる。
今年もクーラー無しの部屋。

昨夜は暑くて、まともに眠られず。
汗だらだら。
汗が出る所為か、小便が異様に濃い。
一日中汗をかいている所為か汗疹やら吹き出物やらで肌も荒れている。

貧乏は嫌だ。
来年こそはエアコンを買えるようになりたい。
せめて、扇風機くらいは…。

今年の夏はエアコンもテレビも無しだ。

posted by Takashi Sataiya (ทาคาชิ สทัยยา)

壊れもののTODAY

今日は壊れ物だらけ。
朝、テレビをつけると行き成りバチッと画面が消えた。
昨日まで何の問題もなく映っていたテレビが機能しなくなった。
このテレビは1996年に買ったものである。12年間一度も壊れる事無く使って来たテレビデオ。
其れが突然、PPK(ピンピンコロリ)だ。



12年間も動いて呉れただけでも上出来かも知れない。
リモコンはボロボロ。

今日は観たい番組があった。
「知るを楽しむ 人生の歩き方 −荒木経惟 顔がイノチ−」(NHK 午後10:25〜10:50)だ。
テレビが観られない。取り敢えず、ビデオに撮って置こうと、セットしようとテープを入れると、ジリジリ〜と妙な音がして、テープが絡まってしまった。



テレビの次はビデオまで…何てついていないんだ…TODAY
テレビ買うか!と思っても、金が無い。財布の中には1万円2千円程。今月は20日に振込みが僅かながらある予定だ。あと13日を1万円一寸…だ。考えると虚しくなる。
先日、「ドンキホーテ」で7千円代の7インチ小型テレビを見掛けた。あれなら買える…。でも、テレビを買ってしまうと後2週間弱はひもじい生活が強いられる。テレビを我慢するか、ひもじさを我慢してテレビを買うか。テレビを買うか如何かで悩むなんて実に情けない。貧乏は嫌だ。思い切って買い物が出来ないひもじさから早く抜け出したいものだ。どのテレビにするかで悩むのが普通人であろう。

今日は久々に暗室作業をした。一眼レフデジカメを使い始めてから、自分でプリントをする事がめっきり減ってしまっていた。
プリントしようと思っていた写真が溜まりに溜まっていたので、纏めてプリントしようと意気込んでいた矢先に、何とセーフライトが切れてしまった。



行き成り出鼻をくじかれしょんぼり。其れでも遣るしかないと、真っ暗の中での作業となった。其の所為でミスを連発。フィルターの号数を間違えたり、印画紙のセットを誤ったり…、セーフライトがあれば先ず失敗しないミスをしてしまった。プリントに苦戦、印画紙を大分無駄にしてしまった。

テレビを如何するか少し考えてみようかと思う。
テレビの無い生活も乙なものだ。

ギリヤーク尼ヶ崎

2007年10月7日(日) 新宿三井ビル55ひろば

毎年恒例の大道芸人・ギリヤーク尼ヶ崎の公演が行われた。




 






                    
                      <2007年10月7日撮影>

初めてギリヤーク尼ヶ崎を街頭で見たのは1996年頃だった。
新宿通り、休日の歩行者天国であった。
突如、現れた老婆のような怪しい風貌の男が一体何を始めるのだろう?
と思うや、何処からともなく人々が集って来た。
其の踊りは、強烈だった。
全身全霊の踊りに感服したのだった。
演目を終えると、盛大な拍手と投げ銭が飛び交っていた。

其の衝撃からギリヤーク尼ヶ崎に興味を持った。
其の後、毎年10月、「新宿三井ビル55ひろば」にて公演が行われると知り、毎年のように足を運ぶ事になった。

入場料などは無い。彼のギャランティーは見物人の投げ銭である。
其の投げ銭が彼の生活費ともなる。

現在、ギリヤーク尼ヶ崎、77歳。
40歳を過ぎる迄、其の投げ銭だけで生活する事は出来なかったと云う苦労人だ。
全身全霊の踊りに対し、多くの投げ銭が飛ぶ。
彼の踊りは衰えを知らない。
初めて見たあの頃と変わらずに踊り続けている事に、また感動を覚えた。

2005年、同じく新宿三井ビル55ひろばで公演終了後、ギリヤーク尼ヶ崎が語った。
「芸道と云うのは、技術だけではなく命懸けでやらなくては感動は呼べない」
この言葉が今も心に残っている。

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